山岳渓流の季節
7月の渓流でのフライフィッシングといえば、里川を離れて山岳渓流に入ることが多くなる。
雪代の入るような山岳渓流の場合、5月いっぱいくらいまではフライフィッシングをすることが難しい場所が多い。大量の雪解け水が川幅いっぱいに流れて増水し、ドライフライでの釣りに向いた緩やかなポイントはほとんどが消されてしまう。
まさに「氷水」のように冷たい雪解け水は水温を極端に下げてしまって、渓魚の活性を下げる。場所によっては残雪もあって立ち入ること自体が難しい。
そんな山岳渓流も、緑が濃くなり雪代の流入もなくなる今の時期、水温も水量もドライフライに適した状態となって、待ちに待った盛期を迎える。釣り人がまだあまり入っていない流れには、無邪気なイワナ達がたくさん残されている。
7月は山岳渓流の季節なのだ。
手取川の上流部へ
この日まず向かったのは、霊峰・白山を水源とする石川県の手取川。取材日は2014年6月後半。
手取川は支流群にも魅力的な渓が多いのだが、今回は本流筋・市ノ瀬ビジターセンター裏手の流れを狙うことにした。入渓点近くまで車で行けて手軽にフライフィッシングを楽しめるポイントとしては、手取川の最上流部にあたる。
実は、この付近を訪れる釣り人の多くは、林道や山道を2~3時間歩いた奥の谷筋に入る。特にエサ釣り師にその傾向が強いようだ。その辺りまでいくとかなりの大物が多くなり、さらには、天然の無斑イワナが釣れることもある。無斑イワナは白山を水源とする渓の在来種で、まさに「幻のイワナ」だ。
そうした事情から、今回の入渓ポイントに入る釣り人、特にエサ釣り師はあまり多くないらしい。ビジターセンターの方にお聞きしても、この付近で釣り人の姿を見かけることはやはり少ないと言う。楽に入渓できる区間というのは、一般的に魚影は濃くないことが多いものだが、その話を聞いて、「ここはもしかしたら」と期待が膨らんできた。
ダイナミックな渓相の山岳渓流
市ノ瀬ビジターセンターは白山登山の拠点となる施設で、その裏手の森ではキャンプもでき、よく整備された遊歩道も設置されている。車をビジターセンターの駐車場に停め、遊歩道を手取川の下流方向にしばらく進むと、「河原→」と書かれた看板が目に入る。矢印の方向に進むと河原が現れ、何の苦労もなく安全に河原にでることができる。実に手軽な入渓点だ。駐車場からは10分とかからない。

渓相は、まさに山岳渓流。大きな岩がゴロゴロと転がりダイナミックな風景をつくりだしている。深い森の緑に囲まれているためだろう、水の色も濃い緑色だ。
入渓点の上流側は大きなプール状の流れ。中心付近に流れ込みからくる太いスジ。プールの中心部は非常に深いが、左岸(下流側から見ると右側の岸)は、全長5~6mほどの大きな浅い反転流になっていて、イワナが身を潜めるのに丁度良いサイズの底石が入っている。
底石の付近を目を凝らして眺めると、やはりいた。大きくはないが、イワナが1匹のんびりとゆらめいている。
早速、キャスト。フライはイワナのいた辺りから7~80cm上流に着水した(反転流なので、正確には下流側に着水した)。流れに乗せてティペットを送り出し流し切るが、イワナは出てこなかった。姿も見えない。隠れてしまったか、移動してしまったようだ。イワナから見つかりやすい立ち位置だったので、気付かれてしまったのだろうか。
このプールでは結局、渓魚に出会うことはできなかった。魚は間違いなく沢山入っているので、イブニングなどでは多くのライズに遭遇できるに違いない。
岸際の緩い流れで
プールの上流側に進むには水量が多く難儀しそうなので、下流側に下ることにした。下流側は落差の大きな階段状の流れで、大石群の中を流れている。
キャストを繰り返すが、メインの太い流れでは全く反応がない。少々流れが太く深すぎるようだ。
狙いを岸際の浅く緩い流れに変える。
長さ5m、幅2mほど、岩に囲まれた緩やかに流れるスポットに目をつけた。ティペットには、ぶら下がり型のテレストリアルが結ばれている。
流れの上流側に着水したフライは、流れに乗ってゆっくりと下流側へ進む。6~70cmほど流れた辺りで、ゆっくりと浮き上がってきたイワナが何も疑う素振りを見せずに、ついばむようにしてフライを咥えた。
この時のように、渓魚の挙動がそっくり見えていると、興奮して早合わせになってしまうことがあるのだが、この日は幸運にもアワセが上手く決まった。

ほどなくしてネットに収まったのは、まずまずのサイズのイワナ。
この川は白い石が多いため、イワナの体色も白っぽい。それにしても美しく立派なヒレだ。秋には尺を超えるサイズに育っているかな、などと考えながらリリースをした。
イワナの撮影が終わり流れに目をやると、驚いたことに先ほどより水位が上昇している。少し濁りも入って木の葉なども流れている。空を見ると上流側の山並みに黒い雲がかかっていて、どうやら上流域でまとまった雨が降ったらしい。このポイントには日が差しているのだが、増水が進むと危険なので退渓することにした。
さて、まだ1時間少々しか釣りをしていない。逃げ場を探さなければ。
車に戻り雨雲レーダーを確認して、大聖寺川に白羽の矢を立てる。この場所からはやや遠いのだが、大聖寺川の水源である大日山付近では、この後も降雨がなさそうだ。
そそくさとカーナビをセットし、車を発進させる。なんとも便利な時代になったものだ。(次ページへ続く)