
南アルプスや中央アルプスの渓流に棲むイワナの本来の在来種はヤマトイワナだ。
ヤマトイワナを釣る難しさ
しかしこのヤマトイワナをフライフィッシングで釣ろうと思うと、なかなか簡単にはいかないことが多い。
多くの渓流ではニッコウイワナが放流されているため、そちらが釣れてきてしまうのだ。ヤマトイワナは養殖が難しいため、容易に養殖できるニッコウイワナが放流されるということらしい。するとそのフィールドでは「ハイブリッド型」と呼ばれるニッコウイワナとヤマトイワナの混血種が増えてくる。ヤマトイワナの最大の特徴は白斑の少なさと朱点の鮮やかさにあると思うが、混血種の魚体には白斑が目立つようになる。

つまり純血のヤマトイワナを確実に釣ろうとするならば、過去にイワナが放流されたことのない川や、登ってくる放流魚が少なくなる源流域など、ごく限られた場所に行かなければならない、というわけだ。
そうした場所はたいがい、フライフィッシングには向かない細流であったり、車止めからかなり歩かないとたどり着けない最奥の源流域だったりする。
しかし、歩きもなく開けていてフライフィッシング向きのヤマトイワナの川というのも、まれにはある。そのような場所を知っている人にとっては、ヤマトイワナと対面することは実はたやすいことなのだが、そんなフィールドの情報は、雑誌や書籍にはほとんど出ることはないし、インターネット上で見かけることも少ない。
今回取材した川は、そんな「まれなフィールド」のひとつだ。
ヤマトイワナの渓
名前は伏せておくが、中央アルプスの山々を水源とし、木曽谷側の斜面を流れる木曽川の支流。
車で入れる終点の地点からすぐに河原に降りることができる。ここまで舗装道路がついていて険しい山道を走る必要もない。
ここから先は車道はなく源流域への入り口。落差のある山岳渓流だが明るく開けていて快適にロッドを振ることができる。この地点から上流へ進むほどヤマトイワナの魚影が濃くなる。
ヤマトイワナとはさて、ここでヤマトイワナについて少しおさらいしておこう。

ヤマトイワナは本州中部地方の太平洋側に注ぐ河川の山岳渓流に生息するイワナの亜種。南アルプスや中央アルプスを流れる渓、御嶽山周辺の木曽川支流、岐阜県の飛騨川水系の源流域などが有名だ。
特徴は前記したとおり、白斑の少なさと鮮やかなオレンジ色の斑点。白斑の全くない個体のヤマトイワナには、どことなく原始の雰囲気を感じる。
近年、木曽川漁協ではヤマトイワナの放流に力を入れていて、管内のいくつかの河川でヤマトイワナの放流がされている。
おおらかだった真夏のヤマトイワナ
取材は今年(2014年)の7月末。真夏だったが、標高1100mほどの高地ということもあって早朝は肌寒い。

この日のイワナ達は、日が昇ってきて川面に日が差し始めと同時に、盛んにドライフライに反応しはじめた。時刻にして午前8時半くらい。
ヤマトイワナは警戒心が強く陰湿、日陰に潜んでいるというイメージがあるが、この日は全くそうしたことを感じることはなかった。日の当たっている瀬やヒラキのど真ん中から大胆にフライに飛び出してくる。
フライパターンやフックサイズに対しても実におおらかで、テレストリアルパターンにもカディスパターンにもメイフライパターンにも反応してくれる。夏の山岳渓流でのフライフィッシングではフライセレクトにあまり気を使う必要がない、というのはよく言われることだが、まさにそうしたセオリーどおりの釣りになった。

この時期は水生昆虫のまとまったハッチがあるわけではないのでライズは見つからないが、ポイントにフライを打ち込みながら釣り上がっていくと、随所で元気なヤマトイワナが顔を出してくれる。
入渓点から100mくらいまでは白斑の目立つハイブリッド系と思われる個体が多く、上流に進むにつれ、白斑の全くない個体が中心になってきた。全く白斑のないものだけがヤマトイワナというわけではないようだが、やはり白斑のない個体が釣れるとうれしい。

フライフィッシングには厳しい真夏にもかかわらず、今や希少となったネイティブなヤマトイワナたちが気前よく遊んでくれる渓。アクセスも悪くない。
この渓のヤマトイワナたちは、来年もきっと元気な姿をみせてくれることだろう。
探せばこんなフィールドがあるものだ。