
ヤマメだ。
フラットな水面のプールにできたゆったりした流れのスジ。水面近くに定位しているのが目視できる。時折、何かを捕食してライズする。
こちらの立ち位置は、ヤマメが定位するポイントの真正面の上流側。このポジションからでは、フォルキャストだけでヤマメを警戒させてしまう可能性がある。
ダウンクロスのポジションに回りたいところだが、その位置には樹木があってバックスペースがとれない。
覚悟を決め、このポジションからキャストすることにした。
■アカマダラパターンを吸い込んだヤマメ
ティペットの先に結んであるのはアカマダラカゲロウを模したCDCウイングのドライフライ。#20。

着水したフライはゆっくりとヤマメに向かって流れる。ヤマメの20cmほど手前までフライが近づいたあたりで、ゆっくりとそのヤマメは動いた。アカマダラパターンのフライがヤマメの口の中に吸い込まれたのが見える。
わずかに水面が盛り上がる程度の落ち着いた捕食動作。飛沫も上がらない。フライがスッと水面から消える感じ。
ネットに収まったのは、27cmほどのヤマメだった。関東の一般的な渓流であれば、大満足のサイズだが、群馬県上野村を流れるここ神流川・本谷でこのサイズは、少し物足りない。当サイトと上野村漁協共催の『神流川トラウトフィッシング・グランプリ』でも、本谷で釣れた39cmのヤマメがエントリーされている。
■渓魚の再生産にこだわる先進的フィールド

それにしても、美しい魚体。ここ本谷の渓魚は、ヤマメもイワナも素晴らしいコンディションの個体が多いのだが、それには理由がある。
理由のひとつは、上野村内の神流川・本支流を管轄する上野村漁協が取り組む、『再生産された渓魚がたくさん泳ぐフィールドづくり』への挑戦だ。
その取り組みの第一歩目が、神流川の有力支流であるここ本谷のフィールドづくりだったというわけ。
およそ10年前。上野村漁協は本谷に革新的なレギュレーションを導入した。「完全予約制」、「7区画に1日7人限定」、「フライフィッシング、テンカラ釣り専用」、「C&R」。今聞いても斬新なルールだ。
漁協の方のお話によれば、このレギュレーションの実現には、やはり大変なご苦労があったのだという。

地元の釣り人の理解。遊魚規則等についての県との調整。相当な覚悟を持って取り組まなければ実現することはできなかったであろうことは想像に難しくない。
イワナ、ヤマメは、産卵能力のある親魚サイズを放流するようにした。また、本谷の河床は岩盤質で産卵床になりうるポイントが多くないため、産卵床をつくる取り組みも行っているのだという。こうした様々な努力の積み重ねにより本谷は、この川で生まれ育った渓魚がたくさん泳ぐ渓流になったというわけだ。
■豊富な水生昆虫が渓魚を大きく育てる

本谷の渓魚のコンディションが良いもうひとつの理由は、棲息する水生昆虫の豊富さにあるのだという。
今回の取材は、2015年5月中旬。新緑の季節。本谷は盛期に突入していたのだが、水生昆虫のハッチの量には驚かされた。
午前中はクロマダラ。午後にアカマダラ。夕方にはオオマダラ。コカゲロウは一日中ハッチしていた。他にミドリカワゲラやミッジのハッチも目立つ。あきれるほどの凄い量だ。
イワナもヤマメもこれらの水生昆虫を食べ放題。腹いっぱいたらふく喰っていることだろう。ライズも安定して一日中見られた。これなら渓魚が大きな魚体に育つのもうなずける。

漁協の方のお話では、イワナもヤマメも放流は親魚サイズではあるが、特に大型魚を放しているわけではないという。それが見事な体高の40cmクラスにまで育つというのは、やはりエサの豊富さという条件があってのことなのだ。
■中ノ沢もC&Rに!
今シーズンは、もうひとつの有力支流・中ノ沢も、本谷と同様のレギュレーションになる。
上野村漁協が描く渓流釣りフィールドの将来像は、各支流の人家のある付近よりも上流全てを「本谷方式」のようなレギュレーションや通年禁漁にし、村全域の渓で渓魚が再生産されるようにする、というもの。中ノ沢のC&R化により、その取り組みは大きく前進することになる。
■イワナとヤマメの付き場

さて、話をこの日の釣りに戻そう。
この日の本谷では、イワナとヤマメの付き場が明確に分かれていた。
ヒラキのメインのスジに定位していたのは、ほとんどがヤマメ。フラットな水面のポイントでは魚影が目視できる。多くのヤマメが水面近くに浮いていて、盛んにライズを繰り返していた。
一方イワナは、落ち込み脇や巻き返しや岩盤の際に入っていた。そうしたポイントは水面が波立っていて、イワナの姿は簡単には目視できない。よく観察しないとライズも見落としてしまう。
イワナもヤマメも教科書どおりのポイントに入っていたというわけだ。

本谷での釣りは、13時までは自分に割り当てられた区間でのみできる。以降は自由に区間移動しても良いが、先行者を追い抜くことは禁止されている。
この日割り当てられたのは「5番エリア」。本谷の中流部。管理棟前の区間だ。この区間は両岸に樹木が茂って、今の時期は新緑がまぶしい。5月というと、晴れた日の日中はライズが少なく厳しいフライフィッシングになることが多いが、この区間は日陰が多いせいだろう、日中でもたくさんのハッチとライズが見られた。
下流側の7番、6番エリアを川沿いの林道から覗くと、あきらかに尺オーバーの魚影がゆらゆらと泳いでいるのを確認できた。が、そこは自分の区間でない。13時前なので、ものほしそうに魚影を眺めることしかできないのが残念。
ちなみに7番エリアは本谷の最下流部で、天井が開けていて開放感がある。

写真のイワナは、落ち込み脇から出た1匹。#12のクロマダラのフライパターンに出てきた。
30cmに少し足りないサイズで、やはりここ本谷では少々物足りない大きさだ。
とはいえ、ピンと張った厚いヒレは見事。関東の渓流フライフィッシングでは、このクオリティのイワナにはそうそうお目にかかれるものではない。
本谷のポテンシャルの高さを垣間見ることができた気がする。