
実は今回は、富山県の人気渓流・利賀川を取材する予定だった。フライフィッシングに向いたフィールド。開けていて規模も手頃。核心部は山岳渓流で、渓相も素晴らしい。
■目当ての利賀川には先行者が
ところが、利賀川の核心部に到着し河原を見下ろすと、ひとりのフライフィッシャーがリーダー・ティペットを準備している最中だった。その手際のよさと洗練された身なりから、上級者であることをうかがい知れる。
こちらの取材陣は、カメラマンを含めて3名。先行者の後ろをぞろぞろ歩くのも申し訳ないし、上級者のすぐ後では満足のいく撮影はできそうにない。

核心部をあきらめ、上流側の堰堤と堰堤の間の区間に入渓することにしたが、この区間は不発。堰堤上から流れ落ちる水の中で、上に向かってジャンプするイワナを目撃したのみだった。
ジャンプで超えられるはずもない大堰堤だが、上流への遡上に挑戦していたのだろうか。かなりのサイズのイワナ。迫力満点の光景だった。
下流側ののどかな里川風の区間にも入ってみたのだが、こちらも不発。魚影を確認することはできなかった。
さて、どうするか。
■隣を流れる百瀬川に移動

付近の地図を眺めて検討した結果、利賀川の隣を流れる百瀬川に移動することにした。この百瀬川、エサ釣り師の間では知られた川なので名前だけは知っていたが、実際の流れは見たことがない。
利賀川からの直線距離はわずか3kmほど。利賀川下流側のポイントから百瀬川の入渓点までの移動距離も10kmに満たなかった。車を20分ほど走らせたあたりに手頃な駐車スペースをみつけ、そこに入渓することになった。
あとで気付いたのだが、利賀川と百瀬川は水系が全く異なる。
利賀川は庄川の支流で、百瀬川は神通川の水系だ。着かず離れずの距離で兄弟のように流れているのに、なんとも不思議な感じ。兄弟どころか、まるっきりの他人なのだ。
■フライフィッシング向きの流れ
流れを眺めてみると、渓相はなかなか悪くない。豊かな森の中を流れる手頃な山岳渓流といった印象だ。
規模は、川幅・水量ともに利賀川よりひとまわり小さい。落差も大きくない。遡行は楽にできそうだ。河原があって開けたポイントも多く、フライフィッシングには適した流れだった。
この日の百瀬川ではフライマンには出会わなかったが、エサ釣り師はやはり多いようだ。
入渓点の河原でリーダーシステムを準備している際、下流側から現れたエサ釣り師には、度肝を抜かされた。このエサ釣り師、流れ脇の岩に腰を掛けると、ビクからイワナを取り出し、ナイフでサバキはじめたのだ。ビクの中にはなかなかのサイズのイワナが十数匹ほど。内蔵を丁寧に取り出して流れで洗っては、袋に仕舞いこむ。

これには取材陣一同、苦笑いをして眺めているしかなかった。
■筋肉質な魚体のイワナたち
イワナはかなり抜かれてしまっているのだろうな、という不安を抱きながらキャスティングを開始したのだが、その不安はあっという間に払拭された。
イワナは次々にドライフライに飛び出してくる。
サイズは小型からまずまずのサイズまでまんべんなく、という感じだ。そこそこのサイズのイワナは皆、筋肉質の素晴らしい魚体をしていた。放流魚主体の渓で見られるブヨブヨした印象とは明らかに異なる。

入渓した時間帯は遅めの午後。
経験上、9月の渓流フライフィッシングでは、この時間帯から、フライが見えなくなるイブニングまでがゴールデンタイムとなることが多い。この日も、瀬を叩きながら釣り上がると、ポイントごとにイワナの反応を得ることができた。
■ハッチとライズ
太陽が山並みに隠れて、時間帯はいよいよイブニング。二本に分流した片側の細い流れで、安定したライズを発見した。ちょっとした流れ込みのスジの周辺。
その時結んでいた#12のテレストリアルを気軽にキャストしたところ、イワナ達はこれを全く無視した。それどころか、流れるフライのすぐ脇でライズしたりする。

これには少々面食らった。先ほどまでは、イワナ達はこのフライに気前よく飛び出していた。これだけ安定したライズなら簡単に取れるはず、と高をくくっていたのだ。
あらためて水面とその周辺に目を凝らすと、小型のメイフライが確認できる。コカゲロウだ。
9月のイブニングタイムでは、コカゲロウの集中ハッチ(羽化)に出くわすことがある。夏にはみられなかった集中したハッチと安定したライズ。
上流側でハッチしたコカゲロウが、この小さな流れ込みにまとまって流下してくるのだろう。イワナ達は、夢中になってそのコカゲロウを捕食しているようだ。
■#18で入れ食いフライを交換する。#18のCDCソラックスダン。
今度は一発でフッキングした。その後もワンキャスト・ワンフィッシュ。入れ食いだ。
5匹釣っても10匹釣っても、ライズは終息しない。この小さなポイントにいったい何匹のイワナが入っているのだろう。
フライパターンは#18であればなんでも良かった。パラシュートでも、水面直下の半沈みタイプでも、黒系でも、淡いカラーでも、ほとんど一発でイワナを仕留めることができた。
ただしサイズにだけはシビアだった。試しに#16にサイズアップしたところ、とたんに反応は渋くなる。
フライにスレているということはないはず。特定の捕食対象が集中して捕食されている場合は、渓魚はフライに対してとてもセレクティブになるということを、あらためて実感させられた。
ところでこの渓のイワナ。本当に惚れ惚れするような魚体のイワナが多い。いかにも「北陸イワナ」といった雰囲気。
こういうイワナに出会えるから北陸の渓は楽しい。