■12月いっぱい解禁中の八王子市内の渓流
「もう魚は残っていないと思うけど、まぁ、やってみてよ」と漁協の方がいう。
事前の情報で、このフィールドの渓魚は放流直後にほとんどが釣り切られてしまうことは知っていた。

それでも丹念に探れば、いくつかのニジマスを手にすることはできるだろう、とタカをくくってフライロッドを振り始めた。
2016年11月上旬の取材。
ここは東京都八王子市を流れる北浅川。多摩川の支流。高尾山の隣の山、陣馬山の麓を流れる小渓流だ。
北浅川のヤマメの解禁期間は9月末までだが、ニジマスは12月末日まで釣ることができる。今回はそのニジマスを狙ったフライフィッシングを楽しもうというわけだ。
周囲には民家も多い里川だが、ご覧のとおり渓相は悪くない。川に降りてしまえば、木々に囲まれて、なかなかの雰囲気。
圏央道・八王子西ICから核心部まで、ほんの数キロの距離。都心からの所要時間は1時間ほど。東京に住む渓流釣りファンにとっては、とても気軽に足を運べるフィールドだ。
■ニジマスの姿が見当たらない
ここ北浅川では、5月~10月の第一日曜日にニジマスの放流がある。ヤマメは解禁前に稚魚放流、5月、6月の第一日曜日には成魚放流がされる。
しかし、ニジマスもヤマメもその放流日のうちに、大半が釣り切られてしまうという。
写真で見ただけだが、毎月の第一日曜日の北浅川の混雑ぶりは、あきれるほどだ。およそフライフィッシングを楽しむという状況ではなさそう。ラインを伸ばすスペースを確保することすら難しいだろう。
さて、前述のとおり、この取材は11月上旬。今シーズン最後の放流から1ヶ月以上も経過している。

魚があまり残っていないのは承知の上での釣行だった。
が、それにしても魚影が見当たらない。
ミッジやストーンフライが飛び交っているがライズはない。ティペットに結んだドライフライにも、もちろん反応はない。時折、小さなウグイが突っつきにくるだけ。
隅っこの岩陰や、エサ釣り師が狙いづらそうなポイントを丁寧に探っても、結果は同じ。深場に潜っているかもと、フライを沈めてみてもやはりダメ。
バシャバシャとウェーディングしてみたり、流れの中に石を放り投げてみたりもするが、魚影が走ることはない。
途中、三人のエサ釣り師と出合ったが、「もういないねぇ」「やっぱりいませんねぇ」と、まるで合言葉のような挨拶。

見込みが甘かったようだ。
徐々に集中力が切れてきて、キャストもいい加減になる。
これでは記事にならないな。いや、釣れない日の釣行記事も、それはそれでいいかもしれない。などと考え始めたところで、思わぬ光景に出くわした。
■小魚を捕食するカワセミ
カワセミ。
飛来してきてしばらくの間木の枝にとまり、やがて水面に向かって一直線に飛んだかと思うと、次の瞬間にはもう水面近くの石の上にとまっていた。
あっという間の出来事。
カワセミのクチバシには、ピチピチと動く小魚が咥えられていた。電光石火とはこういうことをいうのだろう。

毎年ずいぶん沢山の渓流でフライフィッシングを楽しんでいるが、カワセミを目撃したことは意外に少ない。ましてや、小魚を捕食するシーンを見たのは初めてだ。
なんだか得をした気分。
調べてみるとカワセミは、近年は都心部でもその姿を確認できるようになっているのだという。
新宿御苑や明治神宮の池。皇居のお堀。上野の不忍池にもカワセミは棲息しているそうだ。フナやモツゴといった小魚を捕食しているらしい。
これまで渓流でカワセミと出合ったことが少ないのが不思議だが、もしかしたらフライフィッシングの最中には、カワセミはあまり近寄ってはくれないのかもしれない。
色つきのラインを振り回しているような人の近くには、カワセミだってきっと、近づきたくないだろう。
運良くこの日、カワセミの狩りを目撃することができたのは、すでに集中力が切れ、あまりロッドを振っていなかったのが良かったのかも、と思っている。