■気温と水温の低いフィールドを見つけ出す
毎年のことだが、8月のフライフィッシングはフィールド選びに苦労する。渓流にせよ湖にせよ、ともかく気温・水温の低い釣り場を探すことになる。

水温が20度にもなってしまうようなフィールドでは、イワナもヤマメも極端に活性が落ちる。
気温が高いフィールドはこの時期、アブの大群にまとわりつかれる心配があるし、釣り人側の体力と気力にも問題が出てくる。
そんなわけで真夏のフライフィッシングでは、水温と気温が低いことは特に重要なのだが、そうしたフィールドを見つけだすのは案外簡単なことではない。
■北アルプスの山々を水源とするイワナの渓
そんな中で今回取材したのは、岐阜県高山市・奥飛騨を流れる山岳渓流、左俣谷(ひだりまただに)。夏イワナの釣りが人気のフィールドだ。

左俣谷は、北アルプスの槍ヶ岳、双六岳、笠ヶ岳など3000m級の山々の沢水を集めて流れる急流。
ここは、早春の雪景色の中でのフライフィッシングで有名な、あの蒲田川の源流のひとつ。新穂高温泉のロープウェー駅付近で、この左俣谷と右俣谷が合流する。そこから下流が蒲田川と呼ばれる。
さて、北アルプスの山々が水源とあって左俣谷の水温は低い。もちろん下界と比べれば気温もずいぶん低い。ここ左俣谷の終点・最下流部である蒲田川に流れ込む新穂高付近でも、標高は1000mを超える。涼しいわけだ。
真夏のフライフィッシングを楽しむには、うってつけの渓流が、ここ左俣谷というわけだ。
■左俣林道を使って入渓
左俣谷には左俣林道という道が、ワサビ平と呼ばれる地点の少し先までついている。ところがこの林道は一般車両通行止。したがって左俣谷での渓流釣りは、ポイントまで林道を歩くことになる。
この左俣林道は、北アルプスの笠ヶ岳や双六岳の登山道へのアプローチに使われているので、8月などシーズン中は登山客が頻繁に行きかう。そのおかげで、獣に出くわすなどの怖さをあまり感じず歩けるのが有難い。
しかし、日が高い時間帯には日陰がなくなって直射日光が照りつける区間が多くなる。真夏の直射日光を浴びながらの上り坂の歩きは、さすがにきつい。飲料水などの準備はしっかりしておきたい。
左俣林道に入るには、新穂高登山指導センターがスタート地点。付近には無料・有料の駐車場がいくつかあるので、車はそこに駐車することになる。路上駐車できる場所はない。
左俣谷と林道は高低差が大きい箇所が多く、入退渓できるポイントは少ない。楽に入渓できる場所には明確な踏跡があるので、それを見つけて渓に降りることになる。
■標高1400mの高地・ワサビ平
今回紹介するのは、比較的上流部に位置するワサビ平の付近と、比較的下流の穴毛谷が合流する地点の二ヶ所。
穴毛谷が合流する地点の取材は本年(2017年)8月上旬。ワサビ平付近は2015年8月中旬の取材。

まずは左俣谷・上流部のワサビ平。
新穂高登山指導センターから左俣林道を2kmほど歩くとワサビ平に到着する。1時間半ほどの歩きになるだろうか。この地点は標高1400mを超えるので、真夏でも日陰に入るとかなり涼しい。
ここには「わさび平小屋」という山小屋がある。
冷水で冷やされた飲料や、トマト・キューリなどが販売されていて、思わず手が伸びてしまう。400mほどの高低差を歩いた疲れが、この野菜で癒される。
小屋では食事も提供されていて、宿泊やキャンプもできる。ひと釣りした後に小屋で昼食と冷えたビールをいただき、その後にもうひと釣り。なんていう贅沢も可能だ。
ところで「わさび平小屋」の開設は、例年7月10日からなので注意しておきたい。
ちなみに「わさび平小屋」の少し手前に笠ヶ岳の登山道入り口がある。そこには天然水が流れる水場があって、飲料水の補充をすることができる。
■落差の少ない開けた渓相
さて、ワサビ平の左俣谷はこの山小屋の裏を流れているのだが、河原までは藪に阻まれて入渓は難しい。
楽に入渓できるのは、小屋から300~400mほど林道を戻った地点だ。林道脇にちょっとした広いスペースがあり、藪をよく探すと河原に降りる踏み跡がある。
ここは河原との高低差もほとんどなく、容易に入渓できるポイントだ。
このポイントは河原が広く開けた渓相。落差の少ない平坦な瀬がしばらく続く。
頭上に障害物がなくロッドが振りやすい。明るく開けてはいるが木陰も多いので、日差しの強い日でもそこで涼むことができる。
8月は水量が少なく、瀬が浅くなっていることが多いが、油断してはいけない。日当たりの良い浅い瀬の中にも良型のイワナが泳いでいたりするのだ。下の写真はその浅い瀬でテレストリアルフライに飛び出したイワナ。胸ヒレが分厚い、立派な魚体の天然イワナだ。
■下流部の穴毛谷が合流する地点
今回紹介するもうひとつの入渓ポイントは、穴毛谷が合流する地点。左俣谷の目ぼしい入渓点の中では、こちらが最下流部になるだろう。

このポイントは、新穂高登山指導センターから左俣林道を20~30分ほど歩いた地点で、標高は1200mほど。
穴毛谷の合流点のすぐ下流側に大きな堰堤があり、その堰堤の端から、堰堤上流側の河原に降りることができる。堰堤の端は林道から確認できる。
堰堤上から穴毛谷合流点までの短い区間は平坦なチャラ瀬だが、合流点より上流は落差の大きい本格的な山岳渓流の雰囲気となる。
このポイントはV字谷なので日が差し込む時間帯が短い。直射日光をあまり浴びることなくフライフィッシングを楽しめるポイントだ。
■雪渓の涼風
さて、このポイントの取材は本年(2017年)8月上旬だが、穴毛谷の上流を見上げると、真夏というのに雪渓が見える。
なので穴毛谷から吹き降りてくる風は、ひんやりと冷たい。動かずにじっとしていると、肌寒くなってしまうほどだ。
堰堤上から下流側を見ると絶景が広がっている。天空の渓という感じ。左俣谷・下流側のちょうど正面には北アルプス・焼岳が望める。ということは、その向こう側は上高地というわけだ。
ところで左俣谷は、わさび平小屋の少し下流で取水されている。したがって、このポイントの8月は例年なら水量が多くない。
だがこの日は、前日までの降雨のおかげで水量が豊富。おかげでイワナたちの活性は高い。
穴毛谷の流れが流入する地点で水温を計ってみると、なんと10度。冷たい。雨で雪渓の雪解け水が多いのだろう。穴毛谷・流入点より上流側は、もう少し水温が高い。いずれにせよ適水温だ。

段差の多い急流なのでフライを流すポイントは限られてくるが、ポイントは絞りやすい。水深のある比較的フラットな水面を見つけ、大き目のドライフライを落とすと、黒い影がゆっくりと浮上してくる。
慌てずにドラッグフリーでフライを流せれば、イワナはゆったりとした動きでフライを飲み込む。山岳渓流でのフライフィッシングの醍醐味。ここでも良型のイワナたちに遊んでもらうことができた。
真夏に絶景の中で涼しくフライフィッシングを満喫できるというのは、なかなかに贅沢なフィールドだが、注意しておく点もある。
まず、雪代が終わる時期が年によってかなり違う。8月なら問題ないが、7月は雪代で入渓できないこともある。雪代が始まる前の季節は積雪があるので、谷にたどり着くことすらできない。
さらに、禁漁になるのも早い。ここは高原川漁協の管轄だが、解禁期間は3月1日~9月9日。左俣谷のフライフィッシングは夏限定。シーズンは短いのだ。