■渇水気味の朝日連峰の渓
今年は冬の積雪が少ない地域が多かった。その後の雨も少ない。その影響でどうも渇水気味のフィールドが多い。
今回訪れた山形県・朝日連峰の山岳渓流もやはり渇水気味だった。

取材は2016年6月上旬。入梅前。
雪代明けのこの季節、例年であれば朝日連峰の渓の水量は豊富なはずだ。
実は取材前夜に東北地方の各地でまとまった降雨が観測されていた。その為、渓に到着するまで我々は、増水を心配していたのだ。ところが現地に着いてみると、予想に反して水量はかなり少なめ。どうやらこの周辺には多くの降雨はなかったようだ。
ここに向かう車中からみた朝日連峰の山並みも、残雪は例年と比べてかなり少なめだった。保水力の高い豊かな山々ではあるが、今年に限っては、山に浸み込んでいる雪解け水は少なそうだ。

増水も困るが、この時期に渇水というのも、なかなかにキビシイ。
■秘密の入渓点
さて今回は、アウトドアショップ・WILD-1のスタッフの釣行に同行させていただいた。
福島県・郡山店の曳地さん。フィッシングバイヤーの室井さん。お二人ともフライフィッシングのエキスパートだ。
曳地さんはフライフィッシング関連の雑誌などにも度々登場しているので、当サイト読者の皆様にも馴染みがあるかもしれない。
北関東・新潟方面・南東北にかけてのフィッシングフィールドについて、曳地さんの持つ情報量は特にスゴイ。最新情報から入渓ポイントまで、なんでもご存知という印象だ。
WILD-1はフライフィッシング用品の品揃えが充実している店舗が多いが、品揃えだけでなく、フィールド情報の引き出しも充実しているというわけだ。
その曳地さんが今回は、とっておきの「秘密の入渓点」に案内してくれるという。
■今年はまだ誰も入っていないであろう区間

向かったのは、林道沿いの渓の源流域。林道と川との高低差が少々ある。
簡単に入渓できそうな踏み跡をいくつもやり過ごし、到着した場所は、かなりの急斜面。踏み跡は見当たらない。普通ならこの場所から渓に降りようとは、まず思わないだろう。
曳地さんの後ろから恐る恐るそこを降り始めてみると、なるほど言われてみれば、人が通った形跡があるようにも見えてくる。途中、太い枝につかまったりしながら、なんとか河原に降りることができた。
「この区間には今年はまだ釣り人は入っていないと思いますよ」と曳地さん。この区間の下流側も上流側も、深い淵とゴルジュで閉ざされている。釣り上がってくることも下ってくることもできない区間なのだ。

こんな入渓ポイント情報まで持っている。WILD-1スタッフの引き出しの多さには、本当に毎度、感心させられる。
■サイトフィッシング
「この渓では、浮いているイワナやヤマメを狙って釣るのが面白いんですよ」と言う曳地さん。
実際、度々イワナを見つけては、それを狙っている。
左写真の黄色い円の中にも良型イワナがいて、曳地さんはそれを見事にキャッチしたのだが、写真のように少し距離のある場所からでも渓魚の姿を見つけてしまう。
魚がいることがわかってキャストすることが多いのだから、当然、効率よく釣果もあがるわけだ。しかしこれは、誰にでも簡単にマネのできる芸当というわけではないだろう。
下の写真は、上写真に写っているイワナをキャッチしたシーン。倒木と沈み石で岸際にできたスポットにイワナはいた。イワナにとって身を隠しやすい場所だ。
■渇水・低水温で渓魚たちは神経質
ところで冒頭に書いたとおり、この日のこの渓は渇水気味。さらには、水温も低め。

前日までは気温が高かったのだが、この日は一転して気温が大幅に下がった。寒い。
水温も前日より下がったはず。測ってみると、10度あるかないか。「14~15度あるとベストなのですが」と曳地さん。
この日は渓流フライフィッシングには、厳しい条件だったのだ。
活性の低い渓魚たちは、さらに渇水の影響も受けて神経質。ティペットが振られる影が見えただけで走ってしまい、ポイントを荒らしてしまうという有様だ。
■渋くても尺イワナ「渋い渋い」を連発する曳地さんだったが、それでもしっかり尺イワナを手にするのだからさすがである。
メインの流れから分かれた細流。その流れが大岩にぶつかってカーブしている。

尺イワナは、その脇にできた緩い流れにいた。倒木に囲まれて岩影になった隠れ家的な小ポイント。
「今日はこういう場所にイワナが着いていることが多かったので、ここにもフライを落としてみたんです」と曳地さん。
このポイントは釣り上がってくると見落としやすい。下流から見ると大岩の裏側なのだ。意識していないと「水たまり」くらいにしか見えない小さな小さなスポット。
ここを見逃さないあたりも、尺イワナを多く手にする秘訣のひとつかもしれない。
といっても曳地さん、渇水ということもあって流れの多くは素通りに近い。歩きながら時々フライを落としていく程度。釣りが早い。
その中で、渓魚の姿を見つけたり気配が濃いポイントだけ粘る。そういう場所では、フライを交換したりティペットも変えたりして、じっくり攻めている。曳地さんの釣りにはメリハリがあるのだ。
下の写真はその尺イワナ。この渓はエサが多いようだ。イワナは皆、お腹がふくれていた。
■渓でいただく、あったかランチと淹れ立てコーヒー
ランチタイムでは、曳地さんと室井さんがパスタと淹れ立てのコーヒーをご馳走してくれた。アウトドアショップのスタッフだけあって、道具の使い方を熟知していて、さすがに手際がいい。

毎度、感心させられるのだが、WILD-1のスタッフは、シーンに合わせた道具や食材の選択が実に的確だ。日常、店舗でたくさんの商品を手にしているからこそなのだろう。
例えば、今回ご用意いただいたパスタ。フリーズドライなので軽い。荷物をできるだけ軽量化したい源流フライフィッシングでは、これは有難い。
軽いだけでなくこのパスタ、水でも戻せてしまうそうだ。今回はバーナーで沸かしたお湯で戻したが、バーナーを持ってこなくても食べられる。これは便利。しかも旨い。
重いものといえば、その代表格は水。
考え抜いて荷物を軽量化しても、バッグに飲料水を詰め込んだとたん、その重量に絶望する。そんな経験をお持ちの方も少なくないだろう。
今回は携帯浄水器が活躍していた。川の水をこれで浄水して沸かしたのだ。これなら軽いし、かさばらない。源流フライフィッシングには、うってつけのアイテムだ。なにしろ渓に来れば水はいくらでもある。
曳地さん愛用の浄水器だそうだが「これで渓の水を飲んでも、お腹をこわしたことはない」と笑っていた。

フィールドを知り尽くし、道具を知り尽くすWILD-1のスタッフ達。取材のたびに思うが、実に頼もしい存在だ。
それにしても、渓流で食べるあたたかいランチは、本当に旨い。
■タックル
WILD-1スタッフは、もちろんフライフィッシングの道具にもこだわっている。
曳地さんのロッドとリールは、WILD-1の限定品。ロッドは、日本が誇る銘工房・カムパネラのストリームトレックSP 753-6。源流釣行に適した逸品。
リールは、英国の名門ブランド・ハーディー。ゴールデン・フェザーウエイトの限定復刻版だ。
室井さんが使用していたリールも、ハーディーのフェザーウエイトだが、こうして両方並べた写真というのも、なかなかに贅沢。
写真中央のフロータントもWILD-1の限定品。ktyとWILD-1のコラボ・フロータントだ。
■岩盤脇に定位する尺ヤマメ

この日はヤマメの姿を見ることがほとんどなかったのだが、一度だけ、尺ヤマメを手にするチャンスがあった。
岩盤脇。ゆっくりした流速ではあるが、しっかり流れのスジができている。ヤマメはそこに定位していた。デカイ。
ヤマメは上を向いている。水面上のエサを待っているはずだ。ドライフライに出ることが確信できた。この日はじめてのヤマメということと、そのデカさもあって、曳地さんもやや興奮気味。
曳地さんの投じたフライは、ヤマメの上流側にフワリと落ちた。レーンに乗っている。ドリフトも完璧。

やがて岩盤脇の水面に飛沫が上がり、アワセも決まった。ロッドがしなる。
しかし何かがおかしい。曳地さんも残念そうな苦笑いを浮かべている。
実はフライに飛び出したのは、狙った尺ヤマメとは別の魚。
フライがヤマメの位置に流れ着く前に喰われてしまったのだ。
やがて曳地さんの手に収まったのは、まずまずのサイズのイワナだった。
■「今日は渋かった」?
帰りの車中で曳地さんは繰り返し「今日は渋かった」と口にする。
「渋かったですね~」と相槌を打ちながら、ふと思った。尺イワナが1本。27~29cmのイワナが数本にチビイワナ多数。関東の渓なら「絶好調」だよね、これ。