栃木県・松木川|フライフィッシング紀行

フライフィッシング データバンク
フライフィシング紀行・栃木県松木川
(取材:2017年9月)

■足尾・松木川のフライフィッシング

栃木県日光市の足尾町を流れる渓流・松木川。フライフィッシングではおなじみの渡良瀬川の源流域にあたる。松木川はその最下流部、銅親水公園のある足尾ダムで仁田元川・久蔵川と合流し、そこから下流は渡良瀬川と名を変える。
つまり渡良瀬川は足尾ダム上流で3本の沢に分かれるのだが、そのうち本流筋とされるのが今回の松木川だ。

■生命が姿を消した松木川
松木川周辺の山々は以前、動植物が絶滅に近い状態だったことがある。山肌の草木は枯れ果て、渓流のイワナやヤマメ、水生昆虫も姿を消してしまったのだという。
足尾の山肌右写真の上のものは10数年前に撮影した松木川。当時は緑がほとんど見られない山肌だったのだが、地道な植林活動の成果で今は緑がだいぶ戻ってきている。

足尾銅山鉱毒事件。
その現場。まさにその核心部を流れている渓流が、ここ松木川なのだ。
松木川周辺の山々は、20世紀初めごろには日本の銅の約40%を産出していて、日本の産業発展に大きな役割を果たした。やがて銅は掘りつくされ、足尾銅山は1973年(昭和48年)に閉山する。

鉱毒による被害が表面化したのは1885年(明治18年)。渡良瀬川の鮎の大量死がきっかけだったという。
だがもちろん、それ以前から付近の山々は荒廃していた。銅山の精錬所から排出される亜硫酸ガスによる煙害。森林伐採。加えて大規模な山火事もあったという。これらが重なったことで、足尾の森林は消失してしまったようだ。

やがて精錬方法が進化したことで、煙害は1956年(昭和31年)ごろに収まったとされる。
その1956年に国が本格的な緑化事業を足尾の山で始めたのだが、ようやくそれが今、実を結び始めているというわけだ。

わたらせ渓谷鉄道・間藤駅近くの松木川の下流部(正確には渡良瀬川の最上流部)には、今も足尾銅山の精錬所が残されている。廃墟にしか見えないのだが、現在も作業員の姿を施設内に確認することができる。
足尾銅山の精錬所跡
■カモシカの見られる駅・間藤駅
松木川釣行の入り口となる銅親水公園の手前(下流側)約3kmの地点に、わたらせ渓谷鉄道・間藤駅(まとうえき)がある。わたらせ渓谷鉄道の終着駅だが無人駅だ。
わたらせ渓谷鉄道・間藤駅
駅舎にはカモシカのイラストとともに「カモシカの見られる駅」との文字が大きく掲げられている。だが実際にここでカモシカに出会うことができる人は相当な強運の持ち主だろう。

わたらせ渓谷鉄道といえばトロッコ電車が有名だが、この日はトロッコ電車にはお目にかかることができなかった。
ホームにはレトロな雰囲気の車両が停車中。トロッコ電車もいいが、このレトロな車両もなかなかの雰囲気だ。

この日は平日だったのだが、間藤駅は大勢の観光客で賑わっていた。駅舎やレトロな車両をさかんに記念撮影している。
駅舎にはレンタサイクルもあって、それを利用する観光客も見られた。どこをサイクリングするのだろう。

周辺には様々なスポットがある。昔は間藤駅から先にも鉄道が運行されていて、その廃線が今も残っている。鉄道マニアにはたまらないスポットのようだ。前述の精錬所や廃墟のようになった集落がお目当ての人もいる。登山客の姿も目に入る。釣り人はここではマイノリティーのようだ。
■核心部まで林道を3kmほど歩く
足尾の林道さて、松木川でのフライフィッシングの核心部は、足尾ダムの3kmほど上流から始まる。

車で行けるのは足尾ダムのある銅親水公園の駐車場までで、そこから先は徒歩になる。アップダウンはほとんどない歩きやすい道。危険を感じる箇所もない。途中までは採石場のトラックが通るしっかりした道で、採石場から先は林道になる。
周囲には低木が多い。植林されたものだ。長年の努力でようやくここまでこぎつけたというわけだが、立派な森に成長するまでには、まだ少し時間がかかりそうだ。

林道をしばらく進むと、「旧松木村に緑の森を」という木製の看板を見つけることができる。
以前はここに集落があったのだという。1902年に廃村になった松木村。40戸ほどの集落だったようだが、鉱毒被害による山の荒廃、さらには大規模な山林火災に見舞われるなどして生活が立ち行かなくなり、村民達は村を出たとされる。

この旧松木村付近でもイワナは釣れるのだが、今日の目的地はもう少し先。谷がだんだん狭くなってくる辺りまで歩を進める。そこから上流が松木川のイワナ釣りの核心部だ。
車止めからゆっくり歩いて小1時間。河原に出ると美しい流れが目に飛び込んでくる。底石のひとつひとつまではっきりと確認できる澄みきった流れ。鉱毒で渓魚が絶滅した流れとは、とても思えない光景が広がる。
松木川の美しい流れ
■釣具店の店主から聞いた話
足尾のこの渓流にイワナが戻っていると知ったのは、今から10数年前。当時は情報も多くなかったが、ある日、この渓に出向いてみることにした。ほとんど全ての生命が絶滅した流れに今はイワナが蘇っている。その状況に妙に魅かれたのだ。
その日、フィッシング・ベストを車に積み込むのを忘れたことに気付いたのは、足尾に向かう最寄ICを出た後だった。ベストには、フライボックスをはじめ、リーダー、ティペットなどフライフィッシングに必要不可欠な道具が収納されている。これがなければ釣りはあきらめるしかない。
松木川のフライフィッシング
自宅まで引き返す時間の余裕はない。道具を道中で調達することを決意したのだが、当時はスマホもない。リーダーや完成品フライを扱う店を見つけることは容易ではなかった。

あちこち車を走らせたあげく、わたらせ渓谷鉄道のとある駅近くに小さな釣具店を見つけた。
午前8時を少し回ったところ。まだ開店時間ではない。意を決して看板に書かれた番号に電話し事情を話したところ、店主が店を開けてくれた。フライフィッシング用品もいくらか置いているという。

専門店ではないので品揃えは少ないが、それでもリーダー、ティペットを手に入れることができた。完成品フライも少し置いてあり、その中からパラダン2本とエルクヘアカディスを2本選んだ。心細いが、この4本で勝負だ。
足尾のイワナ必要な道具をそろえてホッとしたところで、店主にお礼を言いながら話をして驚いた。「松木川のイワナはオレが放流した」と言うのだ。

ずいぶん前のある日。店主は荒廃した松木川を歩いた。そこには意外にも、沢山の羽虫が飛び交っていたのだという。試しに流れの中に転がる石をひっくり返してみると、川虫を確認することができた。生命は戻っていたのだ。

その時は魚影を見ることはなかったそうだが、「川虫がいるならイワナも生きられるはず」と直感し、翌日その流れにイワナを放流したのだという。
翌年、その流れで竿を出した店主は、そこでいくつかのイワナを釣り上げることができたという。「今、松木川にいるイワナはその時の子孫だよ」と話す店主。
そんな話を聞いて感激しながら店を後にし、その松木川に向かった。ずいぶんと時間をロスしてしまったので、ロッドを振り始めたのは午後1時くらいだったが、その日は1匹だけイワナと対面することができた。10数年も前の話。
松木川でイワナがヒット
■C&Rになった松木川
さて今回の取材は昨年(2017年)の9月。
今では松木川は、全域がC&Rに指定されている。足尾町漁協は主要河川の源流域をC&Rにしているようだ。
C&Rといっても成魚放流をしているわけではない。魚影がウジャウジャ、というC&R区間ではないのだ。
松木川のイワナを取り込む
個人的にはこのようなレギュレーションはとても好感が持てる。
源流域には放流せずC&Rにすることで天然魚を維持する。一方で、里川的な流域にはしっかり成魚放流をして、渓魚を持ち帰りたい釣り人に満足してもらう。

そんなわけで、松木川で釣れてくるイワナは今も基本的に天然魚だ。魚影が濃いというわけではないが、美しいイワナがポツポツとドライフライに飛び出してくれる。大物は顔を見せてくれなかったが、25cm前後が多い。
釣り人は多くはないのだろう。フライに対する反応は素直だ。

9月といってもまだ夏の延長。水生昆虫の飛び交う様子はあまり見られなかった。したがって、この日使用したフライパターンはテレストリアルが中心。フックサイズは#14や#12を多用した。

ここのイワナは少しだけ痩せ気味の印象だ。たらふく喰っている、といった感じには見えない。生命が戻ったといっても、エサとなる昆虫類の数はイワナを太らせるまでには、まだ回復していないのかもしれない。
松木川で釣ったイワナ
(掲載日:2018年2月17日)

足尾・松木川のフライフィッシング動画

松木川フライフィッシング・ポイントの地図