■尺イワナ・尺ヤマメの渓、小岱倉沢「こだいくらざわ」
長年フライフィッシングをしていると、時々「秘境」と呼ばれるような場所に出向くことがある。もしフライフィッシングを趣味にしていなかったら、そこを訪れることは一生なかっただろう、という場所が多い。

今回の小岱倉沢もそんな「秘境」を流れる渓流。
この渓を「こだいくらざわ」と一発で読める方は、相当な渓流釣りファンに違いない。
釣り関連の書籍などで度々紹介されているので渓流釣りファンには案外、名の知れたフィールドなのだ。
小岱倉沢は阿仁川の支流・比立内川(ひたちないがわ)のそのまた支流。全長10キロ少々の渓流だ。ちなみに阿仁川は米代川の支流にあたる。
書籍などでは、東北でも屈指の尺イワナ・尺ヤマメの渓流として紹介されることが多い。
■秘境「マタギの里」阿仁

小岱倉沢が流れているのは、秋田県北秋田市の阿仁比立内(あにひたちない)という地域。そう、「マタギの里」として知られる、あの阿仁(あに)だ。
この地は今なお「秘境」の面影を残す。どこから行くにしても、なにしろ遠いのだ。
例えば最寄のICは秋田道・大曲ICだが、そこから阿仁までは約80km。東北道では、十和田ICから約80km。盛岡ICから約100km、という具合。
どのルートから来るにせよ、途中でいくつものフライフィッシングの銘川をやりすごすことになる。
阿仁の周辺では、写真の「道の駅」以外には、商店や飲食店もほとんど見つからない。もちろんコンビニなんてない。
もしここを訪れることがあるなら、食料や飲料水をしっかり事前に調達しておくことをお勧めする。
さて、阿仁には三つの代表的なマタギの集団があったそうだ。打当マタギ、根子マタギ、そして比立内マタギ。

小岱倉沢やその本流筋の比立内川は、比立内マタギのテリトリーにあたる。
マタギには、数ヶ月にわたって地元を離れて狩猟をする「旅マタギ」と、地元の山に密着する「里マタギ」とがいたそうだが、ここ比立内のマタギは「里マタギ」だったという。
比立内の山々には、それだけ多くの獲物が棲んでいたということだろうか。
マタギの熊猟はチームで行うことが多かったようだ。沢沿いを上流方向に熊を追いかけ、いよいよ熊を追い詰めたところで、至近距離から仕留めるのだという。

比立内のマタギたちは、きっとここ小岱倉沢でも熊を追いかけたに違いない。
ところでマタギの獲物は熊だけではない。カモシカ、サル、野鳥、山菜、そしてイワナやヤマメも獲物としたそうだ。
比立内のマタギにとっては、きっとここ小岱倉沢は大切な猟場だったのだろう。
マタギも釣りをしたのだろうか。それとも別な方法でイワナやヤマメを獲ったのだろうか。尺イワナ・尺ヤマメは、当時もやはり貴重だったのだろうか。
いずれにせよ、その尺イワナや尺ヤマメは今でも私たち釣り人を楽しませてくれているというわけだ。
■最上流部まで続く林道
今回の取材は2017年5月末。雪代明けで最盛期に突入したばかりの小岱倉沢。
小岱倉沢には沢沿いに最上流部まで林道がついている。したがって源流まで車でアプローチすることができる。

ただしこの林道は、カーナビにはもちろん登録されていないはずなので、注意が必要だ。
さらに、落石が多く倒木が横たわっていることもある。お世辞にも「安心・安全」とは言いがたい。通行は自己責任であることをくれぐれもお忘れなく。
こうした場所に不慣れな方は、立ち入らないほうが賢明かもしれない。
小岱倉沢の枝沢には、写真のように沢の名前が書かれた看板が林道脇に設置されている。これが入渓点の目安になる。今回は「アクドメ沢」が流れ込む地点に入渓した。アクドメ沢は、地図上にもその名の記載がない細流だ。
■入渓が容易な上流部

小岱倉沢の下流部は林道と川との高低差が大きく入渓点が少ない。しかし上流に進むにつれて林道は川に近くなり、容易に入渓できるポイントが増える。
容易に入渓できる上流部は釣り人も多そうなものだが、小岱倉沢の上流側の流れは浅めなので、エサ釣り師にはあまり好まれないようだ。
エサ釣り師の多くは、大淵などが点在する下流側に入る。
今回入渓したアクドメ沢の合流点は、その上流部への入り口といったポイントだが、とても入渓しやすい。
浅めの流れといっても、写真のとおりドライフライのフライフィッシングには手頃な流れ。この流れでエサ釣り師が多くないということであれば、期待に胸が膨らむ。
■イワナ中心の上流部
小岱倉沢は、下流部はヤマメ中心。上流はイワナが中心となる。
今回入ったポイントの釣果はイワナがほとんどだった。ヤマメは小ぶりのものが1匹釣れただけ。
魚影がとても濃いというわけではない。イワナもヤマメもおそらく放流はされていないだろう。
もちろん魚影が薄いわけでもない。イワナは飽きない程度にドライフライに飛び出してくれる。
キャッチしたイワナのアベレージサイズは23~24cmといったところだろう。グッドサイズがバンバン釣れるというわけでもないのだ。
■小岱倉沢の尺イワナ
とはいえ、ここは東北でも屈指の尺イワナの渓。この日の小岱倉沢も期待を裏切らなかった。

岩の裏にできた深みからゆっくり浮かび上がってきた尺イワナ。
投じたフライは#12のクロマダラ・パラシュート。クロマダラカゲロウが流下していたわけではない。他のパターンでも喰ってくれたのではないだろうか。
ただし、深場に沈んでいたイワナだ。ある程度のボリュームがあるフライだからこそ、気付いてもらえたのかもしれない。
胸ヒレは立派だが痩せた魚体。しかし、これからテレストリアル・シーズンに入れば大きな昆虫をたらふく喰うはずだ。この魚体も丸々と太り、驚くようなサイズに成長することだろう。
なにしろここ小岱倉沢は、イワナもヤマメも40cmクラスの釣果が聞かれる渓なのだ。