■以前はイワナの渓だったが
以前はイワナの渓だった。
ベストシーズンにここに来ると、まずまずのサイズのイワナがあちこちでライズを繰り返していた。

メイフライの集中ハッチがあると、あたり一面がライズの嵐。足元でもライズが始まり驚かされた。夢でも見ているかのようなフライフィッシングをここで楽しんだ記憶がある。
ブラウントラウトは当時もここで釣れたのだが、それは稀だった。
それが今ではすっかりブラウントラウトの渓。イワナはめったに釣れなくなってしまった。
ここは長野県松本市を流れる梓川。
北アルプス・3000m級の山々の沢水を集め、上高地を経て松本市内で犀川(千曲川支流)に注ぐ渓流だ。上高地のシンボル・河童橋はこの梓川に架かる吊橋。大正池もこの梓川がせき止められて出来た池だ。
■天然ブラウン
梓川のブラウントラウトは、昔、誰かが上高地に放流したものの末裔らしい。それが自然繁殖を繰り返して、今では梓川の最下流部、さらには本流の犀川にまで勢力を広げている。
今も昔も、漁協などの公的機関によってブラウントラウトが梓川や犀川に放流されたことはないようだ。現在、梓川や犀川で釣れるブラウンは、全て自然繁殖の天然魚なのだ。
ところで、ご存知のとおりブラウントラウトは、ヨーロッパ原産のサケ科の魚。フライフィッシングはヨーロッパで始まった釣りなので、そもそもの主要な対象魚は、このブラウントラウトだったわけだ。

そのブラウントラウトを日本の自然渓流で釣ることができる。しかも、この渓で生まれ育った天然魚。
それはそれで感慨深いし楽しいことだ。しかし同時に危機感のようなものも頭をよぎる。
ここ梓川の在来のトラウトは、もちろんイワナやヤマメだ。その在来種があまり釣れなくなり、外来種であるブラウンが沢山釣れてくる。
ここ梓川では、イワナもヤマメも淘汰されつつあるのだろうか。それとも釣りづらいだけなのか。
また、梓川の話ではないが、ブラウンと天然イワナとの交雑が確認された例もあるようだ。生態系への影響は、やはり気になる。
■島々(しましま)地区の梓川
さて、この日フライフィッシングを楽しんだのは、長野県松本市内の島々(しましま)と呼ばれる地区の梓川本流。ここは梓川の中流部にあたる。2017年8月下旬の取材。

入渓点は雑炊橋の上流側。
この入渓ポイントは少々注意が必要だ。安曇漁協と波田漁協との管轄境界なのだ。
雑炊橋のすぐ下流で、支流の黒川が梓川本流に合流している。その合流点から上流側は、安曇漁協の管轄。
黒川合流点から下流の梓川本流は、当沢という小沢の合流点まで安曇漁協と波田漁協との共同管理区域。
当沢合流点から下流の梓川本流は、波田漁協の管轄となる。ちなみに、支流の黒川は波田漁協。島々谷川は安曇漁協の管轄。ちょっとややこしい。
さらに補足すると、梓川下流部の波田漁協の管轄は梓橋まで。それより下流の梓川は犀川漁協の管轄となる。
■濁りで川底が見えない
この日の梓川には白い濁りが入っていた。どうやら、ずっと上流の沢渡(さわんど)地区での河川工事の影響のようだ。
沢渡地区と、ここ島々地区との間には大きなダムがいくつかあるのだが、そのダムの水も白く濁っていた。
普段のこの付近は気持ちのいいジンクリアの流れなのだが、この日は川底が全く見えないほど濁りが強い。
これはちょっと釣れる気がしない。特にドライフライの場合、魚は水面のフライを見つけられないのではないだろうか。
まあ期待をせず、少しだけ遊んでみよう。実はそんな気持でロッドを振りはじめたのだった。
■次々とドライフライに飛び出すブラウントラウト
ところが予想に反してブラウンは、ドライフライに次々と飛び出してきた。

広い瀬のあちこち。どこにでもブラウンがついている感じ。しいて言えば、ある程度の流速があるポイントで特に反応がよかった気がする。
この日最初にティペットに結んだフライは、大き目のクリケット(コオロギ)のようなドライフライ。ロングシャンク・フックの#12に巻いたものなので、実質的には#10くらいのサイズだ。
このフライセレクトがよかったのかもしれない。
見通しのきかない濁った水中にいるブラウンからも、大型でボリュームのある派手なシルエットのフライは見つけやすかったのではないだろうか。

この日釣れたブラウントラウトは25~26cmのものが多かった。このくらいが島々地区のブラウンのアベレージサイズのようだ。
イワナやヤマメであれば「まずまずのサイズ」だが、ブラウンとなると少し物足りない印象かもしれない。
大型ブラウンを狙いたい場合には、梓川の下流域か犀川を釣るほうがよいだろう。ただし魚影は圧倒的に島々地区が濃い。また、梓川下流域や犀川は本流の釣りになるので、ウェットフライのフライフィッシングが結果を出しやすい。ドライフライは難易度が高くなる。
さて、この日釣れたのは結局ブラウントラウトのみ。イワナもヤマメも姿を見ることはなかった。ブラウンの魚影は驚くほど濃い。湖や本流でなく、渓流域で天然のブラウンを釣ることができる。しかもドライフライにバンバン飛び出してくる。もちろん楽しい。
が、生態系への影響はやはり気になってしまう。